
現代社会は、GPSという見えないインフラに大きく依存しています。航空・交通網、配送・配車サービス、そしてスマートフォンまで、その位置情報の大半が人工衛星からの信号に頼っている状況です。ところが近年、GPS信号を妨害・偽装・破壊する勢力が高まっており、万が一GPSが停止すれば、私たちの暮らしや経済は深刻な打撃を受けかねません。
これらの危機に対して、米国テキサス州オースティン発のスタートアップ「Tern AI」は、革新的な技術の開発に成功しました。同社の技術は、衛星通信を一切使わずに正確な位置情報を導き出すという、新たなナビゲーションの形を実現しつつあります。
本記事では、Tern AIが開発した「独立位置測定システム(IDPS)」(以下、IDPS)の仕組みや活用シーンを分かりやすく紹介しながら、IDPSが持つ可能性について掘り下げていきます。
事業内容:GPSに頼らない世界インフラを作る

Tern AIは、GPSに依存せずに高精度な位置測定を可能にする、IDPSを開発したスタートアップです。
車両やスマートフォンに搭載された既存のセンサーと地図情報をもとに、AIがリアルタイムで位置を推定することができます。
最大の特徴:GPSの不可能を可能にする技術
IDPSの最大の特徴は、以下のようなGPSでは困難だった状況でも、精度の高い位置特定を実現することができる点です。
- GPS信号が届かない場所では測位できない(例:地下・屋内・トンネルなど)
→ 車両自身のセンサーと地図情報で位置を判断するため、これらの環境でも測位可能 - 都市部のビル街で位置がズレやすい
→ 地形の特徴と動きの照合により、都市環境でも安定した測位を実現 - 妨害・偽装に弱く、セキュリティリスクがある
→ 衛星通信が必要ないため、外部からの干渉に対する高い耐性 - GPSでは、ナビゲーションの開始や再取得時にサーバーやクラウドと通信する必要があるため、初期化に時間がかかる
→ 自己初期化機能により、すぐに測位を開始・継続可能
実証実験にて、GPS超えの精度を達成
2024年3月、世界最大級の展示会イベント「SXSW」での実証実験において、同社はIDPS技術の有効性を示しました。
2019年式のホンダ・シビックにTern AIのシステムをBluetoothで接続し、通常は手動設定が必要な初期位置を自動で取得しています。10分後には、GPSが苦手とする市街地でも高精度な位置特定に成功しました。
使用したのは約500平方マイルにおよぶ地図データと車載センサーのみで、衛星通信のような外部信号は一切使われていません。
GPSの脆弱性を補完する、新たな測位技術の可能性
GPSの不安定さは、個人の移動だけでなく、配車・物流・航空・災害対応など、社会インフラ全体に影響を及ぼします。さらに、外国勢力によるGPS妨害の可能性も指摘されており、米政府はGPSに代わるPNT(測位・航法・時刻同期)技術の確保を推進中です。
こうした状況の中で、Tern AIのIDPSは「地上完結型の代替手段」として有望視されています。特に、インターネットや電波が遮断されるような緊急時・災害時にも安定した位置把握が可能であることから、安全保障や公共インフラへの導入に向けた期待も高まっており、すでに同社は、米国運輸省と契約を締結し、政府レベルでの導入に向けた協議も進めている状況です。
このように、IDPSはGPSの脆弱性を補完する新たな基盤技術として、今後ますます重要性を増していくことが予想されます。
GPSの補完を超えた、日常と産業を支える測位インフラへ

Tern AIのIDPSは、緊急時の測位手段として重要視される一方で、その応用範囲もさらに注目されています。
GPSが届きにくい都市部のビル街や地下空間においても安定して動作するこの技術は、配車サービスや物流業務の精度向上に直結します。また、自動運転、ドローン、精密農業といった次世代の移動・作業環境にも高い親和性を持っており、コストや安全性の面で既存のGPSを補完・代替する有力な手段となり得ます。さらに、IDPSは2009年以降の車両であれば対応可能で、車の画面システムにソフトウェアを入れるだけですぐに利用が可能です。
このような導入の手軽さと幅広い分野や機器に対応しやすいことから、GoogleやUber、自動車メーカー、スマートフォンメーカーなど、多くの民間企業も関心を寄せています。Tern AIの技術は今、安全保障と社会インフラを支える基盤技術であると同時に、日常の「当たり前の移動」を支える存在としての進化を遂げつつあるのです。
資金調達:2024年6月にScout Venturesをリード投資家として、総額440万ドルの資金を調達
Tern AIは、2024年6月にScout Venturesをリード投資家として、Shadow Capital、BVVC、The Veteran Fundから総額440万ドル(約6億6,000万円)の資金を調達しました。この資金は、同社が開発するIDPSの研究開発を加速させ、製品の高度化と市場での影響力拡大を目的として活用される予定です。
具体的な活用方針は以下の通りです。
- 公共交通・物流向けの社会実装を推進
米国運輸省(DoT)との共同契約プロジェクトに本格参画する体制を整え、公共交通網や物流ネットワークにおけるGPSに依存しない測位技術の導入を視野に入れています。 - 主要マップAPIとの連携強化
HERE、TomTom、OSMなどの主要マップAPIとの互換性を活かし、商用展開に向けた統合・連携を推進。開発フェーズから実運用フェーズへの移行を図ります。 - チーム体制の強化
現在8名体制のチームに、AIエンジニアやセンサーフュージョンの専門家を新たに採用し、プロダクトの開発速度と品質の向上を図ります。
市場規模:急成長するGPS追跡装置の世界市場

位置情報に関連する市場は、世界で著しい成長を見せています。
2021年時点で約20.1億米ドルだった市場規模は、2030年には60億米ドルに達する見通しです。2022年から2030年にかけては、年平均13%の成長率(CAGR)で拡大していくと予測されています。
その背景には、以下のような社会的・技術的変化があります。
- スマートフォンやIoTデバイスの爆発的な普及
- 配車サービス、フードデリバリー、位置連動型広告などの需要増加
- 自動運転・ロボティクス・ドローン分野での活用拡大
- 物流・交通インフラの最適化に対する期待
これらの要因により、位置情報の取得は“あって当然”の技術へと進化しています。その結果、市場は年平均13%という高い成長率で拡大を続けているのです。
このような市場環境では、高精度かつ安定した位置測定技術のニーズが急速に高まっていくと考えられます。特に、GPSの弱点を補う非GPS型の技術は、今後の社会インフラを支える重要な柱となるかもしれません。
企業概要
- 企業名:Tern AI
- 代表者:CEO ショーン・ムーア
- 設立:2023年
- 所在地:米国テキサス州オースティン
- 公式HP:https://www.tern.ai/
まとめ
本記事では、GPSに頼らず高精度な位置測定を実現するスタートアップ、Tern AIについて紹介しました。
衛星通信に依存せず測位を可能にする同社の技術は、緊急時のみならず、日常の移動・物流・インフラ・モビリティ領域でも大きな可能性を秘めています。
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