歯を失った場合、現在の治療法は義歯やインプラントが一般的です。
しかし、これらの方法にはいくつかの課題があります。たとえば、成長に伴い義歯の交換が必要なこと、インプラント手術による身体的・精神的な負担、さらには高額な費用がかかることが、患者やその家族の大きな悩みの種となっています。
こうした問題に挑戦し、新しい解決策を生み出そうとしているのが、京都大学発のバイオベンチャー「トレジェムバイオファーマ株式会社」(以下、トレジェムバイオファーマ)です。同社は、薬を投与するだけで自然に歯を再生できる「歯生え薬」の研究開発を進めており、これまでの歯科治療の常識を覆しています。
本記事では、トレジェムバイオファーマの事業内容や、注目を集める「歯生え薬」の詳細、そしてこの技術が持つ可能性について詳しくご紹介します。歯科医療の未来を変えるスタートアップ、その挑戦の全貌をぜひご覧ください。
事業内容:歯の再生治療薬「歯生え薬」の研究開発
トレジェムバイオファーマ株式会社は、京都大学発のバイオベンチャーとして歯の再生治療薬「歯生え薬」の研究開発を行っています。特に、先天性無歯症や後天性無歯症など、歯の欠損に悩む患者に画期的な治療法を提供することを目標としています。
この治療薬の基盤となる技術は、高橋克准教授(現:北野病院歯科口腔外科主任部長)の研究成果です。仕組みとしては、歯の形成を抑制するタンパク質「USAG-1」を中和する抗体「TRG035」を利用し、歯の自然再生を促進します。
現在、同社は2030年までの実用化を目指して研究や治験を進めており、将来的には虫歯や歯周病による後天性の歯の欠損にも対応する治療薬の開発も視野に入れています。
最大の特徴:「薬で歯を生やす」という革新的なアプローチ
トレジェムバイオファーマの開発する「歯生え薬」は、従来の治療法(義歯やインプラント)とは異なり、薬剤の投与だけで欠損した歯を再生できる画期的な技術です。この「薬で歯を生やす」というアプローチは世界初の試みであり、患者にとって自然かつ負担の少ない治療法となる可能性を秘めています。
また、この革新的な技術を支えているのが、産官学連携を活用した強固な研究体制です。同社は専門機関や大学との連携を最大限に活用し、研究過程で直面したさまざまな技術的課題を乗り越えてきました。この環境が同社の強みであり、研究の進展を支える重要な要素となっています。
先天性無歯症の治療に革命
先天性無歯症は、永久歯が6本以上欠損している先天的な遺伝性疾患で、主に小学生期に発覚することが多い病気です。この病気を放置すると、食事や生活に大きな支障をきたす可能性があるため、早期の治療が欠かせません。
しかし、現状の治療法では、成長に伴い義歯を何度も作り替える必要があり、患者やその家族には大きな精神的・経済的な負担がかかっています。さらに成人後にインプラント治療を受ける場合、顎骨の形成手術や骨移植手術が必要となることも多く、治療に10~20年もの長い期間を要してしまいます。
これに対して、トレジェムバイオファーマが開発する「歯生え薬」は、先天性無歯症と診断された段階で薬を投与することで、自然に歯を生えさせることが可能です。歯が生えるまでに時間がかかるため、既存の治療法の完全な代替になるわけではありませんが、欠損歯の有力な治療法のオプションになることは間違いないでしょう。
また、永久歯が1~5本欠損している部分無歯症の患者も少なくありません。実際、部分無歯症は歯科治療を受ける子どもの約1割に見られる疾患とされています。同社の「歯生え薬」は、この部分無歯症にも適応可能な治療法となる可能性があり、幅広い患者層に恩恵をもたらす技術として注目されています。
資金調達:2024年8月に15億円を調達
歯の再生治療薬の開発を目指すトレジェムバイオファーマが、総額15億円の資金調達を完了しました(2024年8月30日発表)。
第三者割当増資(シリーズB)と、日本医療研究開発機構(AMED)の補助金によるもので、この資金は主力製品であるTRG035(ヒト化抗USAG-1抗体)の臨床試験に活用されます。これにより、同社は世界初の歯の再生治療薬の実現に向け、さらなる加速を図ります。
【資金調達の概要】
- 調達総額:15億円
- 調達方法:第三者割当増資(シリーズB)、AMED補助金
- 引受先:東北大学や京都大学関連ファンドを含む8社
調達資金の用途
今回調達した資金は、以下の具体的なプロジェクトに活用されます。
- 第1相臨床試験の実施:健康成人を対象にTRG035の安全性と有効性を評価
- 第2相臨床試験の準備:先天性無歯症患者を対象とした国内外での試験計画を進行
- 社内体制の強化:臨床試験推進のための人材採用
なお、トレジェムバイオファーマは資金を活用し、これまで以下の活動を進めてきました。
- TRG035の非臨床安全性試験の実施
- 治験用製剤(GMP製剤)の製造
- 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)との臨床試験相談や対応
世界初となる革新的な医療技術の実現に向けて、さらなる一歩を踏み出したトレジェムバイオファーマに今後も期待です。
創業の経緯:「歯の悩みを根本から解決したい」という熱意
トレジェムバイオファーマは、歯の再生を可能にする画期的な薬を開発することを目指して設立されました。その背景には、共同創業者たちの個人的な経験と、患者の課題を解決したいという強い想いがあります。
【創業に至るまでのステップ】
- 課題の発見:遺伝子変異がもたらした新たな可能性
- 困難を乗り越える挑戦:個人的経験が原点となった研究
- 患者への想い:使命感から生まれたトレジェムバイオファーマ
①課題の発見:遺伝子変異がもたらした新たな可能性
共同創業者の1人である高橋克氏は、「たった1個の遺伝子に変異が入るだけで歯の数が増える」という発見に着目。この発見は、歯の再生が可能であるという希望を示すものでした。
大学院時代や留学先で培った分子生物学や発生生物学の知識をもとに、「歯を増やすタンパク質を標的とすれば、歯を再生できる」と確信。高橋氏はこの研究に30年以上にわたり取り組み、多くの研究仲間や起業支援プログラムからの支援を受けながら、課題解決への道筋を探りました。
②困難を乗り越える挑戦:個人的経験が原点となった研究
もう1人の共同創業者である喜早ほのか氏は、中学生時代に下顎の骨の病気を患い、2本の永久歯を失うという経験をしました。この出来事は大きなショックであったと同時に、自分を救った口腔外科医への感謝と敬意を抱くきっかけとなります。
その後、大学院に進学した喜早氏は、高橋氏の指導のもとで歯の再生研究に参加。「失った歯を再生する方法を見つけたい」「1回の注射で歯を生やす薬を患者に安全に届けたい」という強い信念を持ち、研究費の不足や成果が思うように出ない期間を乗り越えました。
③ 患者への想い:使命感から生まれたトレジェムバイオファーマ
高橋氏と喜早氏の強い使命感が結実し、患者の歯の悩みを根本から解決するためにトレジェムバイオファーマが設立されました。「1回の注射で歯を再生する」という画期的な治療法は、歯を失った人々に新たな希望をもたらすものです。創業者たちは、自身の経験を通じて得た使命感を形にし、患者に寄り添う治療法を世に送り出すべく尽力しています。
企業概要
- 企業名:トレジェムバイオファーマ株式会社(英語表記:Toregem BioPharma Co., Ltd.)
- 代表者:代表取締役 喜早ほのか
- 設立:2020年5月12日
- 所在地: 〒602-0841 京都府京都市上京区河原町通, 今出川下る梶井町448-5
- 公式HP:https://toregem.co.jp/
まとめ
本記事では、歯の再生治療薬「歯生え薬」の研究開発を行うトレジェムバイオファーマ株式会社について紹介しました。
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