
日本は超高齢社会を迎え、介護業界では「自宅で最期まで暮らしたい」という高齢者の願いを叶える新たなサービスが求められています。厚生労働省の調査によれば、約7割の高齢者が「自宅で最期を迎えたい」と希望しています。しかし現状では施設入居や日中中心の訪問介護が主流で、夜間も含めた24時間対応の在宅介護サービスは介護保険全体費用のわずか0.7%に留まっているのが実情です。
このギャップを埋め、「在宅生活」という選択肢を高齢者に届けるべく誕生したのがスリーエス株式会社(以下、スリーエス)です。
スリーエスは2019年創業の介護系スタートアップで、24時間対応の訪問介護サービス(定期巡回事業)を自社で運営するとともに、介護事業者向けの業務支援SaaS「PORTALL(ポータル)」を開発・提供しています。サービス現場とテクノロジーを組み合わせる独自の戦略で、介護現場の効率化(介護DX)と高齢者のQOL向上という二つの社会課題に挑んでいる企業です。
本記事ではその事業について詳しく紹介していきます。
事業内容①:定期巡回サービス

スリーエスが展開する「定期巡回」とは公的介護保険のサービス区分である「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」を指します。これは要介護者の自宅を1日に複数回、短時間訪問して介護や看護を提供する在宅サービスです。
24時間365日利用可
通常の訪問介護が日中の決まった時間帯に行われるのに対し、定期巡回サービスでは24時間365日の対応が前提となっており、1回あたり15〜20分程度の身体介護(食事・清拭・排泄介助など)を必要に応じて一日数回提供します。また夜間など緊急時には利用者が専用端末などでコールするとオペレーターにつながり、必要に応じて介護職員が駆けつける随時対応も組み合わせています。このように定期巡回型訪問介護は利用者にとって、自宅での生活継続を強力に支援し、大きな安心をもたらすサービスです。
夜間対応を含む24時間サービスは人員配置のハードルが高く参入事業者が少ない領域ですが、スリーエスは自社の現場ノウハウとIT活用によってこの課題を克服し、ビジネスとして安定収益を上げられるモデルを構築しています。その結果、従来は敬遠されがちだった24時間型在宅介護を事業として成立させ、地域に根付かせることに成功しつつあります。
「アウケアホーム」として展開
スリーエスの定期巡回事業のブランド名は「アウケアホーム」です。「アウケアホーム」は東京都内を中心に展開されており、2022年5月に東京都板橋区に1号店を開設し、2024年1月には高齢者比率の高い板橋区高島平エリアに2号店となる「アウケアホーム板橋北・定期巡回」を新規開設しました。高島平を含む板橋区北部エリアは高齢者人口が多い一方で、定期巡回サービス提供事業所が非常に少なく、ニーズに対して供給が追いついていない地域でした。
同社の新事業所開設によりその地域でのサービスカバー率が向上し、地域住民にとって介護サービスの選択肢が増える結果となっています。アウケアホーム各拠点は24時間体制で要介護高齢者の在宅生活を支えるとともに、地域包括ケアシステム(Aging in Place)の一翼を担う存在として、住み慣れた地域で安心して暮らし続けられる仕組みづくりに貢献しています。
自社開発したSaaS「PORTALL」の活用
定期巡回サービスの技術的な特長として、スリーエスは自社開発したSaaS「PORTALL」を現場運営に積極活用している点が挙げられます。新規開設した事業所では当初から24時間型訪問介護業務支援SaaS「PORTALL」の導入を前提としており、同システム上で訪問スケジュール管理やスタッフ間の情報共有を行っています。
さらに最近では行政による実地指導(事業所への監査指導)に備える機能もPORTALLに実装し、管理業務負荷の軽減や人手不足の緩和に寄与しています。こうしたICTの活用により、従来は属人的になりがちだったオペレーションの標準化・効率化を実現し、少人数でも質の高い定期巡回サービスを提供できる体制を整えている点が大きな強みです。
「PORTALL」については次のブロックでより詳しく解説していきます。
事業内容②:PORTALL(SaaS事業)

スリーエスのもう一つの柱が、先ほど紹介した介護事業者向け業務支援システム「PORTALL(ポータル)」の開発・提供です。PORTALLは介護業界に特化したクラウド型SaaSで、特に定期巡回(24時間対応訪問介護)サービスの運営に必要な業務体制構築をオールインワンで支援することを目的としています。
定期巡回サービスを提供するには、日中・夜間を通じたスタッフ配置や複数回の訪問スケジュール調整、緊急コール対応窓口の設置、ケアマネジャーとの連携など、通常の訪問介護にはない煩雑なオペレーションが求められます。PORTALLはまさにこの点に着目し、介護事業者の「24時間在宅介護」運営をトータルに支援するツールとして開発されました。2023年10月に正式リリースされた同サービスは、スリーエス自身の現場運営で培ったノウハウを反映しながら、定期巡回事業所に必要な機能を幅広くカバーしています。
主な機能
PORTALLの主な機能は以下の3つです。
・スケジュールの一元管理
まず、利用者ごとのケアプラン作成から日々の訪問予定管理、スタッフのシフト・スケジュール調整を一元管理できます。訪問ルートや時間帯の最適化もシステム上で行えるため、限られた人員でも複数利用者への対応を無理なく組み立てることが可能です。
・24時間対応のコール受付機能
また、24時間対応のコール受付機能も備えており、緊急コールが入った際にはオペレーター対応記録からスタッフ派遣まで一連の流れをサポートします。現場の介護職員向けにはスマートフォンで操作できるモバイルアプリを提供し、外出先・訪問先でもリアルタイムに記録入力や情報共有が可能です。これにより職員同士の情報格差が解消され、記録のために事務所へ戻る手間も省けるため時間効率が大幅に向上します。
・コミュニケーション機能
さらに、ケアマネジャーや利用者の家族とのコミュニケーション機能も特徴的です。日々のケア内容や利用者の状況を、SNSのような感覚で関係者全員が閲覧・コメントできる仕組みを備えており、チーム一丸となって高齢者を見守る体制づくりを支援します。このようにPORTALLは現場スタッフからケアマネ・家族までを繋ぐ情報プラットフォームとなることで、関係者間の連携強化とサービス品質の向上に寄与しています。
データ蓄積と業務分析によるサービス最適化
多様な機能が備わっているPORTALLが、ほかにも力を入れているのがデータ蓄積と業務分析によるサービス最適化です。日々蓄積されるケア記録やスタッフの稼働データを分析し、ケアプラン策定や人員配置の効率化に役立てることで、管理者の業務負荷を大幅に削減しています。属人的になりがちな運営から脱却し、標準化されたプロセスでサービス提供できるため、新人スタッフでも安心して業務をこなせる環境を実現します。
その結果、介護職員は利用者一人ひとりと向き合う時間を増やすことができ、事務作業に追われて疲弊する状況の改善が可能です。ICTを活用した介護DXの具体例として、現場の働きやすさ向上と経営の安定化を両立させるツールと言えるでしょう。
他社への導入も視野に
スリーエスはまず自社の定期巡回事業所でPORTALLを運用し、その有用性を実証した上で外部にも提供を開始しました。この戦略により、現場からのフィードバックを迅速にプロダクト改善に反映できる体制を整えています。現在は他の介護事業者への導入も進めており、定期巡回サービスへの新規参入障壁を下げることにも貢献しています。同社は2025年までに100事業所へのPORTALL導入を目標に掲げ、将来的には導入事業所向けの経営支援サービスやBPOサービス展開も視野に入れています。
こうしたビジョンに込められているのは、“PORTAL + ALL”というサービス名の由来です。文字通り介護現場に関わる「あらゆる情報」を集約・整理して関係者を繋ぐオールインワンの入口(ポータル)になりたいという思いが反映されています。PORTALLが普及することで、業界全体の介護DX(デジタル転換)が進み、慢性的な人手不足の緩和やサービス品質の底上げにつながることが期待されています。
資金調達:Siiibo証券を活用し社債発行

スリーエスは創業以来、サービス開発と事業拡大に向けて着実に資金調達を行ってきました。2023年12月には、マネーフォワードベンチャーパートナーズ(HIRAC FUND)をリード投資家として、ニッセイ・キャピタルやSMBCベンチャーキャピタル、既存投資家のANRI・ANOBAKAなど計5社を引受先とする第三者割当増資により約3.3億円の資金調達を実施しました。このラウンドにより、累計調達額は約4.35億円となっています。
また、スリーエスはエクイティ(株式)による調達だけでなく、デット(負債)による資金調達手法も積極的に活用しています。2025年4月18日には、社債オンラインプラットフォームの「Siiibo(シーボ)証券」を通じて少人数私募債の発行を行いました。介護系スタートアップが社債を発行するのは極めて珍しいケースですが、「高齢者の在宅生活」という社会的意義の高い事業に共感した個人投資家からの資金調達に成功しています。
調達した資金は、24時間対応訪問介護事業所「アウケアホーム」の新規開設費用に充てる計画であり、これによりさらなる事業拡大の加速が期待できます。社債発行という手法は株式の希薄化を避けつつ機動的に資金を集めることができるメリットがあり、スリーエスは今後も事業戦略に応じた柔軟な資金調達を模索していく考えです。創業者で代表取締役CEOの千田桂太郎氏は、「介護の課題解決に挑む事業を多くの投資家に支援いただけたことは大変光栄。頂いた資金でサービス拡充と組織強化を図り、ビジョン実現に邁進する」とコメントしており、調達した資源をもとに更なる成長を遂げようとしています。
市場規模:高い需要続く介護市場、人材不足をDXで解消できるか

日本の介護市場は高齢者人口の増加に伴い、継続的な成長を遂げています。2022年度の介護保険サービス市場は約11.8兆円、2023年度には12.4兆円に達する見込みであり、団塊世代の後期高齢者入りを背景に、今後も高い需要が続くと予測されています。なかでもスリーエスが注力する定期巡回型の在宅介護サービスは、潜在的なニーズが非常に高い分野です。
実際、約7割の高齢者が自宅で最期まで暮らしたいと希望している一方で、24時間対応の訪問介護を提供できる事業所は全国でも限られています。政府も地域包括ケアシステムの構築を掲げ、住み慣れた地域で医療・介護を完結できる体制づくりを後押ししています。スリーエスが展開する定期巡回サービスは、こうした行政方針とも合致しており、板橋区をはじめ各地での導入が進んでいます。
一方で、介護人材の不足は業界全体の深刻な課題です。2025年には約32万人の介護職員が不足するという厚労省の試算もあり、2040年ごろまで慢性的な人手不足が続くと見られています。これに対応する手段として、介護現場のDX推進が注目されています。矢野経済研究所の調査によれば、日本の介護ICT市場は2023年度に約350億円規模に達し、コロナ禍以降その伸びは加速中です。介護記録の電子化や見守り機器、オンラインモニタリングなど、ICTツールの導入が標準化しつつあります。
こうした背景のもと、スリーエスは24時間対応型介護に特化したSaaS「PORTALL」を提供し、他社が参入しづらいニッチ市場での差別化を図っています。今後、在宅介護の拡大と介護DXの加速が進むなかで、スリーエスの取り組みはますます注目を集めることになるでしょう。
【会社概要】
- 会社名: スリーエス株式会社
- 設立: 2019年6月3日
- 所在地: 東京都千代田区飯田橋3丁目1-8 黒崎ビル201
- 代表者: 千田桂太郎
- 事業内容: 定期巡回型訪問介護事業(介護保険事業)、業務支援SaaS「PORTALL」開発・販売(介護SaaS事業)
- 公式サイト: https://3s.care
【まとめ】
本記事では、介護サービス(定期巡回)とテクノロジー(SaaS)の二軸で介護業界の変革に挑むスタートアップスリーエス株式会社を紹介しました。
同社の取り組みは、高齢者が「住み慣れた自宅で最期まで暮らせる社会」を実現するうえで欠かせないピースとなる可能性を秘めています。今後、同社は首都圏を中心にサービス拠点網を拡大しつつ、PORTALLの更なる機能強化と全国展開を視野に入れています。介護現場の声に寄り添ったサービス開発で業界をリードするスリーエスから、今後も目が離せません。
New Venture Voiceでは、このような注目スタートアップを多数紹介しています。
スリーエス株式会社のように、国内外の面白い企業についてもまとめているため、関連記事もご覧ください。