
都市部では共働き世帯の増加に伴い、子育て環境の課題が深刻化しています。保育園に入れない待機児童問題や、自然体験の不足による子どもの非認知能力(人間性や創造性など)の育みに不安を感じる親も少なくありません。一方、地方では少子化と都市圏への人口流出により子どもの数が急減し、保育園の定員割れや遊休施設の増加が問題となっています。
こうした都市と地方双方の課題に対し、株式会社キッチハイクは家族で地域に短期滞在しながら子どもを地元の保育園に通わせるユニークなサービス「保育園留学」を展開しています。子どもは大自然の中でのびのびと過ごし、親はテレワークを活用して地方で暮らす新しい選択肢を得られるこの取り組みは、地域に家族ぐるみの関係人口(地域と継続的に関わる人々)を生み出し、地方創生にもつながると注目されている状況です。
本記事では、そんな株式会社キッチハイク(以下、キッチハイク)の事業内容や資金調達動向、関連市場の規模、そして今後の展望について詳しく紹介します。
事業内容①:子どもが主役になる“保育園留学”で地方と都市をつなぐ新しい暮らし方

保育園留学は、1〜2週間程度、家族で地方に滞在しながらお子さんを現地の保育園に預けることができるサービスです。子どもにとっては幼少期に大自然に触れ合い心身ともに健やかに成長できる環境を提供し、親にとってはテレワークを活用しつつ子育てと仕事を両立しながら多様な地域で暮らす新しい選択肢を提供します。都市部では得難い貴重な体験を家族みんなで共有できる、まさに「こども主役の暮らし体験」です。
解決する課題と地域へのメリット

本サービスが狙うのは、都市部の子育て世帯と地域社会の双方にメリットをもたらすことです。
都市部では保育園の待機児童問題や自然体験の機会不足といった課題がありますが、保育園留学によって子どもはのびのびと自然の中で過ごし、親は地方での暮らしを試すことで将来の移住の検討材料にすることが可能です。
地方にとっても、短期間とはいえ子育て世代が滞在することで地域経済への貢献が生まれ、家族ぐるみの超長期的な関係人口(観光以上・移住未満で継続的に関わる人々)の創出につながります。実際、地方に継続的に関わる人1人が地域にもたらす経済効果は大きく、年間消費額は外国人観光客8人分、国内観光客(日帰り)81人分に相当するとの試算もあります。
キッチハイクの取り組みは、こうした関係人口の創出を通じて地域コミュニティの活性化に寄与している点が特徴です。
利用状況と独自性

サービスは2021年に北海道厚沢部町で開始されて以来、2025年3月時点で留学先は全国約50地域に拡大し、延べ2,000家族以上(大人と子ども計6,000人以上)が利用しています。利用者の口コミやリピート率も高く、参加した家族からは「子どもの成長を実感できた」「地域の人たちに温かく迎えられ貴重な経験になった」など好評を博しています。サービス名「保育園留学」はキッチハイク社の登録商標であり、ビジネスモデル特許も取得済みです。いわば他に類を見ない独自の地域留学プログラムであり、行政や企業とも連携しながら今までになかった価値提供を行うスタートアップとして注目されています。
ターゲットと将来展望

主な利用ターゲットは、0歳〜就学前のお子さんを持つ都市部の子育て世帯です。テレワークの普及により場所を選ばず働ける親御さんが増えたことで、「子どものために一時的に地方で暮らしてみたい」というニーズが顕在化しています。キッチハイクはこうしたニーズにいち早く応え、市町村や企業と協力して受け入れ環境を整備しました。将来的には「保育園留学」を一過性の体験にとどめず、地方への長期滞在や移住につなげていくことで、地域創生の一翼を担うことを目指しています。
事業内容②:段階的な移住を可能にする“やわらかな定住”という新しい暮らし方

キッチハイクが提唱する「やわらかな定住」とは、家族のライフステージやライフスタイルに合わせて中長期的に地域に住まうという、新しい暮らし方の選択肢です。
従来、地方への「移住」は一度きりの永住決断というイメージが強く、ハードルが高いものでした。しかし「やわらかな定住」では、例えば「まずは保育園児の期間だけ住んでみる」といった形で、短期の地域滞在から子どもの未就学児期間の数年間にわたる定住まで、柔軟にステップを踏むことができます。
このように家族にとって無理のない範囲で段階的に地域に関わり、暮らしを試せる点が大きな特徴です。それによって現代の子育て世帯のニーズに合った形で地方での暮らしを実現し、地域にとっても若い世代の住民や関係人口を増やす好循環が生まれています。
具体的な取り組みと協業
「やわらかな定住」を促進するため、キッチハイクは地域の住宅・宿泊環境の整備にも乗り出しています。同社は各地の自治体と協力し、「こどもと地域の未来総研」内にまちづくりスタジオというチームを発足しました。このスタジオでは「保育園留学」と連動し、地域の空き家や遊休不動産を活用した住まいづくりを推進しています。
具体的には、子育て家族が中長期で滞在しやすい宿泊施設や移住検討者向けの賃貸・売買住宅をプロデュースし、建築デザインから運営までトータルに手掛けています。例えば、保育園留学で訪れた家族がその地域を気に入った場合、シームレスに移住を検討できる住宅を提供するなど、短期体験から定住への橋渡しをする仕組みです。
このようにハード面でもソフト面でも地域と家族をつなぐ包括的なソリューションを提供できるのは、キッチハイクの強みと言えるでしょう。
社会的インパクトと今後の展望

「やわらかな定住」は国や自治体も注目する新しい移住モデルです。
実際、国土交通省などによる「二地域居住」の推進施策にも関連し、キッチハイクの川上真生子CRRO(Chief Regional Revitalization Officer)が全国の官民連携プラットフォームの「保育部会」部会長に就任するなど、政策面での協力も進んでいます。また、若者世代の意識調査では地方暮らしに「憧れる」と答えた人の約4割が「試しに地方で暮らしてみたい」と考えており、その中で短期間移住や二拠点生活を望む声も約43%にのぼっている状況です。このようなデータからも、完全な移住だけでなく柔軟な関わり方を求める層が確実に存在することがわかります。キッチハイクの提案する「やわらかな定住」は、まさにそうしたニーズに応えるものです。同社は今後、住宅開発や自治体との協業をさらに深化させながら、地方に“関係人口から定住へ”という緩やかな人の流れを創り出し、日本各地の持続可能なまちづくり共創を推進していく計画です。
資金調達:積水ハウスCVCファンドやANAホールディングスCVCファンドから資金調達を実施

キッチハイクはその革新的な事業モデルが評価され、近年資金調達でも大きな動きを見せています。2025年4月には、住宅大手の積水ハウスが運営するCVCファンド(コーポレートベンチャーキャピタルファンド)である「積水ハウス投資事業有限責任組合」を引受先とする第三者割当増資により資金調達を実施しました。具体的な調達額は非公表ですが、この増資によって積水ハウスグループとの資本業務提携が実現しています。同社は積水ハウスの掲げる「キッズ・ファースト企業」としての理念とシナジーを活かし、「保育園留学」のさらなる拡大や「やわらかな定住」という新たな事業提案の推進に取り組んでいます。
加えて、同じ2025年4月にはANAホールディングスのCVCファンド「ANA未来創造ファンド」からの出資も受けており、航空大手との協業を通じて空路を活用した新しい地域体験の創出にも乗り出しました。例えば、遠方地域への家族旅行と保育園留学を組み合わせたプランや、地域と空港を結ぶ特別プログラムなど、ANAグループとの連携によるサービス展開が期待されています。
このように、大手企業のCVCから相次いで資金を調達できたことは、キッチハイクのビジョンと事業モデルの将来性が高く評価されている証と言えるでしょう。
市場規模:保育・地方創生・関係人口を横断する成長領域で独自ポジションを確立

キッチハイクの事業ドメインである「保育×地域×旅行」は、新しい分野でありつつも関連する複数の市場トレンドと重なっています。
まず、国内の保育・子育て市場に目を向けると、共働き率の上昇に伴い保育ニーズ自体は高水準を維持する一方、地域間格差が広がっています。都市部では依然として待機児童問題が残る一方、過疎地域では保育施設の定員充足率低下が顕著です。過疎地域における保育園定員充足率は、近年4年間で平均6.8%減少しており、都市部の減少率(約2.9%減)よりも大きく悪化しています。こうした背景から、地方の既存保育リソースを有効活用し、都市部の子育て世帯の需要を取り込むキッチハイクのサービスには、大きな社会的意義と市場性があります。
次に、地方移住や関係人口創出に関する市場です。コロナ禍以降、テレワーク普及も相まって地方暮らしへの関心が高まり、移住希望者の相談件数は年々増加しています。
例えば、認定NPO法人ふるさと回帰支援センターによれば、2024年の移住相談件数は61,720件と4年連続で過去最高を更新しました(前年比+4.1%)。また内閣府の調査では、東京圏在住の20〜50代の約49.8%が「地方暮らしに関心がある」と回答しており、特に20代では関心層が45%と平均を上回っている状況です。しかし実際の移住となるとハードルが高いため、「まずはお試しで」「二拠点生活で」という段階的なアプローチにニーズがシフトしています。前述の若者意識調査でも、地方暮らし希望者のうち22.1%が短期間移住、21.2%が二拠点生活を望んでおり、キッチハイクの提供する保育園留学〜やわらかな定住の流れはまさにこうしたニーズにフィットしています。
このように、キッチハイクの事業が関わる保育や地方創生といった領域はいずれも社会的関心が高く、成長余地の大きな市場です。同社はこれらを横断するポジションを占めることで独自の市場セグメントを切り拓いており、競合が少ないブルーオーシャン戦略を取っていると言えます。海外に目を向けても、幼児期の教育旅行や多拠点居住といった動きはまだ萌芽段階ですが、昨今のリモートワーク定着やSDGs文脈での地方創生トレンドは世界的にも共通します。キッチハイクは国内で実績を積むことで、この新領域におけるリーディングカンパニーとして市場ポジションを確立しつつあるのです。
会社概要
- 会社名:株式会社キッチハイク
- 所在地:東京都台東区東上野4丁目13−9 ROUTE89 BLDG. 4F
- 設立:2012年12月
- 代表者:代表取締役CEO 山本 雅也
- 公式HP:https://kitchhike.jp/
まとめ
キッチハイクは、「保育園留学」と「やわらかな定住」というユニークな事業を通じて、子どもが主役になれる新しい暮らし方を提案しています。都市と地方の架け橋となるサービスは、多くの家族に笑顔と気づきをもたらすと同時に、受け入れ先の地域にも長期的な活力を与えています。大手企業からの資本提携を得たことで、今後は受け入れ地域やサービス内容のさらなる拡大が期待されるでしょう。
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