
歯科医院での治療の裏側には、実は多くの非効率が存在しています。
「受発注は紙とFAX、工程管理は属人化し、製造には熟練技術と時間が求められる」。そんな歯科技工の現場を根本から変えようとしているのが、デンタルテック・スタートアップのエミウム株式会社(以下、エミウム)です。
同社は、クラウド型の業務支援システムや、CAD/CAMによる製造支援サービスを展開し、歯科医療の“当たり前”をアップデートし続けています。2025年3月には約6億円の資金調達も実施し、今まさに事業拡大フェーズへと突入したところです。
本記事では、エミウムの主力サービスや業界の構造課題、そして同社が目指す長期ビジョンについて、ビジネスパーソンの視点でわかりやすく解説していきます。
企業概要:歯科医療における“インフラ企業”を目指すエミウム
エミウムは、歯科医療・歯科技工業界における課題解決を通じて、「業界のインフラ」になることを目指すデンタルテック・スタートアップです。
同社は、IT・AI・デジタル製造といった先端技術を駆使し、医療現場の“非効率”を解消するプロダクトを次々と開発。現在は、クラウド型の業務支援システム「エミウム クラウド技工」と、CAD/CAMを活用した歯科技工物の製造支援サービス「エミウム 技工センター」を主軸に事業展開しています。
これらの事業は、単に“便利なツール”を提供するものではありません。人材不足が深刻化しつつある歯科技工業界において、「限られたリソースでも持続可能な医療体制を維持する」という社会的意義を担っています。
主力事業①:「エミウム クラウド技工」歯科技工向けクラウド型業務支援システム

「エミウム クラウド技工」は、歯科技工所と歯科医院の間で発生する受発注、工程管理、請求・在庫・帳票管理、コミュニケーションといった基幹業務を一元化するクラウド型業務支援システムです。
従来、紙やFAXを中心にアナログで行われていたこれらの業務は、手間やミスが発生しやすく、属人化や情報の分断といった課題を抱えていました。
エミウムはこれを、クラウドとデジタル技術によって“全体最適化”を志向する業務オペレーションへと再構築。導入企業は、必要な機能を柔軟に選択し、自社の業務に合わせてスモールスタートで始めることも可能です。
歯科技工に特化した多機能なクラウドシステム
「エミウム クラウド技工」は単なる業務管理ツールではなく、歯科技工の実務に即した専用設計がなされており、以下のような機能を標準搭載しています。
<エミウム クラウド技工の機能>
- 電子技工指示書の作成・共有:従来の紙やFAXでの指示書をデジタル化し、発注側と受注側でリアルタイムに内容を共有可能。
- 紙ベースの受注処理のデジタル化:紙の運用を踏襲した受注プロセスにも対応し、段階的なデジタル移行が可能。
- 帳票管理(納品書・請求書)の自動発行:業務に必要な帳票を自動生成し、事務処理の効率を向上。
- 在庫状況の可視化:材料や製品の在庫数をリアルタイムで把握。過剰発注や欠品の防止につながります。
- チャット機能:医院・技工所間で患者単位の情報を共有でき、確認ミスや手戻りを低減。
- スマホ承認機能:医師や院長が外出先からでも承認業務を行えるモバイル対応。
これらの機能により、現場の負担を軽減しながら、業務プロセスの標準化とトレーサビリティの向上を実現しています。
歯科医院・技工所にとっての導入メリット
このクラウドシステムは、歯科医院と歯科技工所の両者にとって、業務の効率化だけでなく経営レベルでの改善効果をもたらします。
<歯科医院にとってのメリット>
- 作業の属人化防止:誰が見ても同じ情報が把握できる体制を構築。属人化による業務停滞を防ぎます。
- 承認フローの簡素化:「確認承認ボタン」機能を用いて、院内スタッフ・医師・院長間の確認プロセスを簡略化。
- スキャンデータとの統合管理:口腔内スキャナーのデータと技工指示書を紐づけ、患者ごとのデータを一元化可能。
<歯科技工所にとってのメリット>
- 経営データのリアルタイム可視化:受注件数・工程進捗・在庫状況・売上・原価など、あらゆる指標を一元管理。
- 工程管理機能による生産性向上:従業員別の作業状況、納期、製作本数などを可視化し、業務の平準化に貢献。
- SaaSならではの柔軟な導入と運用:ソフトウェアのインストール不要で、無償アップデート・台数制限なし。必要な機能のみを選べる料金設計も魅力です。
主力事業②:「エミウム 技工センター」CAD/CAMによる製造支援

「エミウム 技工センター」は、歯科技工物のCAD設計や切削加工などの製造プロセスを、オンラインで外注できるクラウド型の製造支援サービスです。CAD/CAMとは、CAD(Computer-Aided Design)とCAM(Computer-Aided Manufacturing)の略称で、歯科技工においては、詰め物・被せ物・入れ歯などをデジタルで設計・加工する技術を指します。
これまで電話やFAXに依存していた受発注の手間をオンラインで完結させることで、作業時間や残業時間の削減、人的ミスの防止といった業務効率化を実現。また、発注時にはクレジットカード決済・請求書払いなどの選択も可能で、事務作業の負担軽減にも寄与します。
デジタル技術と熟練技工士による高精度な製造体制
「エミウム 技工センター」が高い評価を受けている理由の1つが、先進的な設備と熟練技工士による品質管理の両立です。以下のような独自の機能や体制によって、高精度かつ安定した品質の技工物を提供しています。
<エミウム 技工センターの特徴>
- 3Dビューアー機能:発注画面内でスキャンデータやCADデザインを確認可能。特別なソフトを立ち上げることなく、マージン部などの細かい箇所を事前チェックできます。
- アンダーカット自動検出機能(β版):独自開発アルゴリズムにより、形成面の不具合を発注前に自動検出。再製作リスクを低減します。
- 高性能5軸ミリングマシン:ジルコニア・チタン・コバルトクロムといった多様な材料に対応。CANONやDGSHAPE製に加え、「ExMile EXM-5S」など高精度・高安定性を両立する設備を導入しています。
- 4つの利用プラン:設計のみ/加工のみ/仕上げ込みなど、用途やスキルレベルに応じて柔軟に選択可能です。
技工所や院内ラボにとってのメリット
このような製造支援機能は、技工所や院内ラボの業務構造・働き方に大きな変革をもたらします。
- 部分工程の外注による集中と選択:たとえば切削加工だけを外注し、自社では仕上げや微調整などの高付加価値作業に特化することで、業務の効率化と技術力の向上を両立。
- 残業削減・利益率向上:繁忙期にも短納期で対応可能な体制により、納期遵守率を高めつつ、社員の労働時間を最適化。スキルアップや技術継承にも好影響を与えます。
- 設備投資ゼロで先進技術にアクセス:高額なミリングマシンやソフトウェアを自社で抱えずとも、クラウドを通じて最新のデジタル製造技術を活用できる環境が整います。
このように「エミウム 技工センター」は、単なる外注先ではなく、中小ラボの経営効率と品質の両立を支援する“パートナー的存在”として、他社との差別化を実現しています。
歯科医療が直面する構造課題とエミウムの長期ビジョン

歯科技工士の数は年々減少しており、厚生労働省のデータによれば国家試験の合格者は最盛期の30%未満に落ち込んでいます。一方で、デジタルデンティストリーの進展により、口腔内スキャナーや3Dプリンター、生成AIの活用が進みつつあるのが歯科医療の実情です。
エミウムはこうした潮流を踏まえ、「人材減少 × デジタル化」という相反する課題を両立的に解決しようとしています。その中核にあるのが、「歯科医療のオペレーションをIT・AIの力で再構築する」という構想です。
今後は、取得したデータを用いた予測型の工程管理や、AIによる設計自動化、さらにはグローバル展開を視野に入れたデジタルプラットフォームの構築など、次なるフェーズに向けた動きも期待されます。
資金調達:2025年3月に新たに6億円を調達

2025年3月、エミウムは総額約6億円の資金調達を実施しました。今回の調達では、新規投資家としてBeyond Next Ventures、三菱UFJキャピタル、あおぞら企業投資、既存株主のDNX Venturesが参画。これにより、累計資金調達額は9億円に到達しています。
調達した資金は、AI・デジタル製造を核としたソリューションの高度化や、採用・組織体制の強化、新規領域への事業拡張に活用される予定です。単なる機能追加にとどまらず、「コンパウンドスタートアップ」への進化を見据えた戦略的な資本調達といえるでしょう。
調達の背景:大学認定スタートアップの認定と事業成長の裏付け
今回の資金調達は、エミウムが東京医科歯科大学(2023年)・東京科学大学(2024年)から大学認定スタートアップとして公式に認定されたことに加え、歯科技工業界での急成長を背景に実現されました。
創業以降、同社は厚生労働省の事業や各種学会を通じて医療従事者と継続的に対話を重ね、業界課題の深掘りとソリューション開発に注力。その成果として、「エミウム クラウド技工」は、直近1年で取引数量が26倍、ユーザー数が32倍という急成長を遂げています。今回の調達は、こうした成長トレンドをさらに加速させる基盤づくりの一環です。

資金調達の目的:「コンパウンドスタートアップ」への進化
エミウムは今回の資金調達により、クラウド技工を中核に複数の技術・機能を統合する「コンパウンドスタートアップ」としての進化を目指しています。今後の開発・事業展開では、以下の4領域に重点を置く予定です。
- AIによる業務最適化 自動設計や工程管理支援など、クラウド技工へのAI統合を通じてさらなる生産性向上を実現。
- FinTechとの融合 支払い・請求管理などの機能強化を通じて、歯科技工所や医院の経営支援を強化。
- 材料・設備の調達支援機能の開発 サプライチェーンの課題に対応し、コスト最適化や業務の省力化に貢献。
- HRテックとの連携 採用、育成、スキル管理などを支援し、人材不足や属人化の解消に取り組む。
さらに、東京科学大学との医工連携を通じて、AI・工学・歯科医療の接続による技術革新と社会実装も見据えています。今回参画した投資家陣は、いずれも医療SaaSやディープテックに深い知見を持つプレイヤーであり、資金面にとどまらない支援が今後の事業成長を後押しするでしょう。
企業概要
- 企業名:エミウム株式会社
- 代表者:代表取締役 稲田 雅彦
- 設立:2020年11月
- 本社所在地: 〒160-0022 東京都新宿区新宿1-36-2-3F
- 事業内容:歯科向けクラウドソリューション事業、歯科技工物調達支援事業、歯科領域サプライチェーン事業
- 公式HP:https://corp.emium.co.jp/
まとめ
本記事では、「エミウム クラウド技工」など、医療現場の“非効率”を解消するプロダクトを開発するエミウム株式会社について紹介しました。
New Venture Voiceでは、このような注目スタートアップを多数紹介しています。
エミウム株式会社のように、国内外の面白い企業についてもまとめているため、関連記事もご覧ください。